ふたり。-Triangle Love の果てに
ゆり子さんは穏やかな目を一度だけ私に向けると、ドアに視線を移した。
もうすぐ彼女の大切な人がここにやってくる時間。
「橘さんもあなたの彼もああいう世界の人だから、言えないこともたくさんあると思うの。でもそれが不安なんでしょ?」
その通り…
「どうして何もかも話してくれないの。私だけはわかってあげられるのにって女は思うのよね。現に私もそうだった。だけど、男の人には男の人の事情があるもんなんですって」
わかってる、わかってるつもりだけど…
なんだか釈然としない。
せっかく一緒にいるのに。
喜びも悲しみも分かち合いたいのに、女には言えない事情があるだなんて…
そんなの、一緒にいる意味ない…
「あなたが納得できないのもわかる。だけど、離れられないから余計辛いのよね。別れられたら、どんなに楽かって思うくらいにね」
ゆり子さんは語気を強めて続けた。
「でもね、真琴ちゃん。今辛い想いをしてるなら、きっとそれは未来へ進むためのステップだから」
「ステップ?」
「そう、ステップ。未来は今に、今は未来に続いてるの。今のこの想いが無駄になるようなことはないわ。決してね」
「…ゆり子さん」
この続きを言おうかどうか逡巡して、唇をなめた。
「なあに?」
「ゆり子さんは橘さんと今のままでいいんですか。私にはおふたりの気持ちが平行線をたどっているようにしか見えません。それでも未来へのステップだと?」
握りしめた手が、エプロンに皺を作る。
「今のままで満足かって訊かれると、正直、うんとは言えないわね」そう彼女は答えると、くすっと笑う。
「でもね、今のままがお互いのためにはベストなの。きっと今も未来もずっとこのままかも。だけど、それには必ず意味があると思ってるから割り切ってるの」
ゆり子さんがそう言い終わると同時に、ドアベルが鳴った。
彼女の顔が光り輝く。
「いらっしゃい」
他のお客さんにかける声よりも、少し高めの声。
でもその人は、軽く会釈で応えただけだった。