ふたり。-Triangle Love の果てに
シトラスを出ると、勝平さんが笑顔で待っていてくれた。
「真琴さん、お疲れさまです」
「お待たせしました。店の中で待っててくださいと言ってるのに。ゆり子さんにも事情は説明してありますから」
「大丈夫です、お気遣いありがとうございます」
もう、と苦笑いの私の隣を彼は歩調を合わせて歩いてくれる。
ビルの合間の夕暮れ空を見ながら、思わずため息が出た。
ゆり子さんの言うことがわからないでもない。
男には男の事情がある。
決してそれは女にはわからない。
なんだか寂しい、そんなの…
「どうかしたんですか、元気ありませんね」
「ううん、ちょっと考え事をしていただけです」
勝平さんにそう言うと、私たちは人の波の合間をくぐり抜けるように歩いた。
しばらくすると、彼の胸元からバイブ音。
「どうぞ」と私が目配せすると、「すみません」と断ってから電話に出た。
しばらくして「え!」と彼は大きな声を上げるも、私を見て「今仕事中だから」と声を潜めた。
「わかってる、だけど今は無理なんだ。タクシー呼んでひとりで行けるか?」
そんなくぐもった彼の声が耳に届く。
「何かあったんですか」
電話を終えた彼に訊ねた。
「たいしたことじゃありません」という彼の顔は明らかに狼狽していた。
「何ですか、言ってください」
「いえ、本当に私事で」
私はふっと頭によぎったことを口にした。
「…赤ちゃん?」
「……」
「そうなんですね?生まれそうなんですね!?」
「早くYesterdayに行きましょう。間に合いませんよ…」
「勝平さん!!」
歩き始めた彼の腕を引っ張る。
「今日はここでいいですから、彼女のところに行ってあげてください。きっと不安がってる」
「大丈夫です、あいつは強い女ですから」
「こんな時に強いも弱いも関係ないじゃない!今から初めて赤ちゃんを産むのよ!ひとりにさせるの!?冗談じゃないわ、そばにいてあげて!」
まくしたてる私に、通りがかった人たちが何事かと足を止める。
「早く行って!」
「でも」
困ったように眉を下げる彼は、やはりどう見ても私より年下に見える。
「私は大丈夫です。仕事が終わればタクシーで帰れますし。なんだったらマスターに家まで送ってもらいますから」
「でも」
ここまで言っても、なおためらう勝平さん。
「相原にはこのことは言いません、だから…!」
「……」
「早く!間に合わなかったら、一生彼女に頭があがらないわよ!」
ようやく勝平さんは腰を深く折って「ありがとうございます」と繰り返すと、踵を返した。
走ってゆく後ろ姿を見ながら、無事に生まれますようにって、心からそう願った。