ふたり。-Triangle Love の果てに


「ケンちゃ…」


「いいから、早く!」


花屋ウエノのケンちゃんだった。


彼に手を引かれて、生ゴミの匂いがする脇道を幾筋も抜けてゆく。


無造作に置かれたゴミ袋に、何度もつまずいた。


その度にケンちゃんが抱き起こしてくれる。


その間にも例の男達は声を張り上げながら、私を捜している。


なぜ?


どうして私を狙うの?


私が泰兄の女だから?


細い路地を抜けたところで、先を走っていたケンちゃんの足が止まった。


「ヤバイね」


私たちの前に、もう逃げ道はなかった。


あるのは、男達の足音が聞こえてくる大きなメイン通りだけ。


その音も次第に大きくなる。


私にとっては、それが恐怖のカウントダウンのようだった。


どうしよう…


「仕方ないか」


そう言って私にくるりと向き直ったケンちゃん。


その軽い言い方からは想像もできないほど、真剣な顔だった。


「…ケンちゃん?」


肩で息をする私を、突然抱きすくめた彼。


思わず小さく叫んでしまった。


「しっ!静かに」


メイン通りから私の姿が見えないように、彼は自分の背中をそちらに向けた。


「おい、いたか」


そんな声に、身体が硬直する。


「じっとしてて」


ケンちゃんが耳元で息のような声でささやく。


彼の背中が、男たちの目から私を守ってくれている。


でも足音がすぐそこまで来ていた。


ばれたらどうしよう…


怖い…もうだめ…


泰兄…!


固く目を閉じた時だった。


「…んだよ。いねぇじゃん。まぎらわしいな、こんなとこでイチャつきやがって。隣の筋に逃げたのかもしれねぇな、行こう」


ケンちゃんの背中の向こうで一人がそう言うと、また違った声が聞こえた。


「まぁ待てって。お取り込み中申し訳ないが、若い女が走ってこなかったか?黒髪で、長さはそうだな、肩くらいだな」


男の様子から、私には気付いていないようだった。


よく見かけるカップルの戯れだと思っているよう。


ケンちゃん…


彼の胸から不安げにその顔を見上げた。
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