ふたり。-Triangle Love の果てに
しばらくしてルリ姐さんがひょっこり顔を出した。
「健吾がご機嫌で帰っていったのだけれど、何かあったの」
あの鬼のようなルリ姐さんが、今は心配そうな母親の顔をしている。
「いえ、何も」
「何の話をしたの、教えなさい」
「たいしたことではありません。ただ女という生き物は、よくわからないという話をしていただけです」
ぬるくなった茶をすすると、俺は笑った。
「健吾が女性の話を?いやだわ、どこの誰かしら」
「姐さん、健吾さんももう立派な大人なんですから」
「そうだけど、変な女に引っかからなきゃいいけど」
「大丈夫ですよ。次期鶴崎組を担うだけあって、人を見る目は確かですから」
「だといいけど…。で、女という生き物のどういうところが気に入らなくて、文句を言ってたのかしら」
参ったな…
「女からしてみたら、男の方がよっぽどわからないわ」
口を尖らせ、膝を憎らしそうにピシャリと打つ姐さん。
夫、鶴崎組長への不満がにじみ出ている。
「泰輔、うちの人にまた新しい女ができたみたいなの。どういう女か知らない?」
「まさか、姐さんというきれいな奥様がいらっしゃるのに」
「お世辞はいいの!」
ギロリと睨まれると、昔のようについ条件反射で身をすくめてしまう。
「いつも朝早くに家を出て昼過ぎに帰ってくるの。朝食を準備していても見向きもせずに出かけるのよ。今日だってそう、泰輔が来るそうですよ、と言ってもおかまいなしでいそいそと」
いそいそ、ね…
組長の嬉しそうな様子が目に浮かぶ。
「何がおかしいの」
「いえ」
「でもね変なのよ。今まで女ができたらだいたいは夜に出て行ってたのに」
「はぁ、なるほど」
これはまた一悶着あるかもしれない。
「それにしても今は大切な時期。組長にも困ったものですね」
「そうなのよ、若頭襲名をひかえているというのに」
若頭。
圭条会ナンバー2。
近々、鶴崎組長がその座につく。
その前に何かとトラブルを起こされては困る、というのが姐さんをはじめ組員の正直な思いだろう。
「その女のことを調べてもらえないかしら」
胸の前で手を合わせるルリ姐さん。
鶴崎組長をとても慕っている。
だからこそ浮気がバレた時は手がつけられないほどに暴れるのだ。
それは真っ直ぐだから、正直だからできることだと思う。
俺にその素直さが少しでもあれば…
「わかりました、やってみましょう」
「ありがとう、さすが泰輔ね」
彼女の少し疲れた顔が印象的だった。