ふたり。-Triangle Love の果てに
それから数日、泰兄は勝平さんの赤ちゃんの名前を考えるのに必死だった。
こんな一生懸命の彼を見たことがない。
字画を調べたりしているのか、本とにらめっこしている。
そんな姿を見ていると、案外彼自身も名付けを楽しんでいるように思う。
私が「候補はあがってるの?」と彼の手元をのぞき込もうものなら、「あっちへ行ってろ」と邪魔者扱いをされる始末。
でもとうとう決まったようで、勝平さんを自宅に呼んだ。
恐縮したようにソファーに腰かけ、泰兄が部屋から出てくるのを待つ彼にお茶を出しながら訊いた。
「奥さまも赤ちゃんもお元気ですか?」
「ええ。でも俺のほうが寝不足で倒れそうです。こっちが寝ていようと飯を食っていようと関係なく、赤ん坊って泣きますからね」
そう言って肩をすくめてみせたけれど、とても幸せそうだった。
「真琴さんもそろそろですか?」
彼の言葉に、一気に顔や耳が熱くなった。
返答に困っていると、「待たせたな」と泰兄がスリッパをパタンパタンと響かせながらリビングに入ってきた。
兵隊さんみたいに気をつけをして迎える勝平さん。
本当に私よりも年上?と疑いたくなるけれど、憎めない人。
「座れ」
泰兄の言葉通りに、一礼して座り直す。
私も言われてなかったけれど、腰を下ろした。
「何回も言うが、文句言うなよ」
「言うはずないじゃないですか」心外だ、と言わんばかりの顔で彼は背を伸ばす。
泰兄がどんなどんな名前を考えたのか、私も楽しみで身を乗り出す。
もったいぶったような手つきで彼は白い封筒をテーブルに置いた。
ありがとうございます、失礼します、と勝平さんはそれを手に取り恭しく拝むように頭上にかざした。
そんな様子に泰兄も私も「大げさ」と笑う。
「ね、勝平さん。早く」
待ちきれなくてせかす私の言葉に「では」と彼は封筒に指を入れた。
早く、早く…
私までドキドキする。
ゆっくりと綺麗に折りたたまれた紙を広げると、勝平さんは目にいっぱい涙をためて鼻をすすった。
「今時のシャレた名前じゃないがな」
「ありがとうございます、こんないい名前…嫁も喜びます…」
しゃくりあげながら、彼は顔にその紙を押し当てた。
「あ、おいっ!せっかく書いてやったのに。汚ったねぇな」
泰兄のあきれたようなため息。
そしてしわくちゃになった、赤ちゃんの名前が書かれた紙が見たくて仕方ない私。