ふたり。-Triangle Love の果てに
「近々、籍を入れようと思っている」
彼があまりにも平然と言ってのけたので、俺はにわかにその言葉の意味を理解することができなかった。
「すみません、もう一度言ってもらえませんか」
自分でも不自然だと思うくらいのひきつった笑いを、後ろの男に向けた。
したたる雨の滴に顔を少し歪めながら、「あいつと結婚する」と抑揚の無い声でその人は告げた。
「…結…婚?」
「ああ、おまえだけには伝えておくべきだと思った」
墓に視線を戻した。
ねぇ…父さん、母さん…
聞いた?
真琴がこの人と一緒になるんだって。
こんなおかしいことってあるのかな。
笑っちゃうだろ?あの真琴がだよ?
甘えん坊で、いつも俺にくっついてた真琴がだよ…
結婚、するんだって。
…あなたたちを死に追いやった組織の人間とね!!
傘を投げ捨て、俺は泰輔兄さんの胸ぐらをつかんだ。
悔しさと嫉妬が入り混じって言葉にならず、呻くような声が出ただけだった。
代わりに、この煮えたぎる思いを手に込める。
次第に締めあがる胸元にも、彼は表情を崩すことなく真っ直ぐに俺の目を見ていた。
殴るなら、殴れよ、そう言わんばかりに。
「あなたは…俺からどれだけ大切なものを奪えば気がすむんです」
あまりの憤りに声が低く震えた。
「すまない、恨みたければ恨んでくれ。おまえの大事な女を愛した罰だ。どれほど罵られようとも憎まれようとも俺はそれを受け止める。だが…」
「だが、何です?」
「俺も、あいつなしでは生きていけない」
胸元を掴んだ手で泰輔兄さんを強く突くと、俺は固く瞳を閉ざした。
しばらくすると渇いた笑いがこみ上げてきた。
「あいつなしでは生きていけない?あなたともあろう人が?」
雨の落ちてくる低い空を見上げながら、俺は大口を開けて笑った。
一匹狼で、常に冷静。
どんなことにも動じなかった相原泰輔が?
時に冷酷な眼差しで、相手を一瞬にして制するこの男が?
真琴がいないと生きていけないだって?
「泰輔兄さん、あなたはそんなに人間臭い人だったかな」
線香のわずかな炎は、いつの間にか無常にも雨にかき消されていた。
濡れたか細い線香を見ていると、あることが思い出された。
「…そうでした。あなたは確かに人間味のある人でしたよ。ほら、なつみ園の俺たちの部屋の軒下にハトが巣を作りましたよね。覚えてますか?雨ざらしの巣に傘を立てかけてやったのは、泰輔兄さん、あなたでしたね」
翳りのあるその目がまっすぐに向けられることが、嫌で仕方なかった。
「なんて優しい人なんだって、当時は感動しました」
俺は皮肉めいた口調でそう言うと、墓に供えられたばかりの菊を抜き取り、彼めがけて投げつけた。