ふたり。-Triangle Love の果てに
うだるような暑さの中、セミの鳴き声がうっとうしく感じる。
「悪い悪い、遅くなった。新人がさぁ、またヘマしてさ」
森が30にしてはだぶついた腹を揺らしながら、小走りにこちらに向かってきた。
「いやさ、話ってのは…」
ベンチの俺の隣に腰かけた汗だくの彼は、しきりに手で額をぬぐう。
ほんの少し、汗臭さが鼻腔をついた。
俺もこんな匂いを発しているのだろうかと、さりげなくうつむいて自分の胸元をかいでみる。
男の独り暮らしを言い訳にして洗濯をおろそかにしているせいか、森と同じような臭いがした。
泰輔兄さんなら、こういうことはないんだろうな。
いつもきちんとしている。
妖しく、匂い立つような魅力的な男であることに間違いない。
香水なんてつけたりするんだろうか。
つけるとしたら、真琴が選ぶのだろうか…
すぐに泰輔兄さんに結びつける自分に気付き、俺は振り払うように頭を振った。
何をどう比較しても彼にはかなうわけがないのに。
「相原泰輔の逮捕状が出た」
セミの鳴き声が森の言葉をかき消してしまいそうだと思っていたのに、その時の押し殺したような声だけははっきりと俺の耳に届いた。
「え…」
聞こえていたのに、リアクションが鈍くなる。
「明日、引っ張るらしいぞ」
「引っ張るって、そんなに早く捜査が進んだのか。まだあと数週間はかかるってこの前言ってただろう?」
思ったよりも早い展開に焦りが出る。
「知るかよ、警察の事情なんて。さっさとパクりたいんだろ。なんせ相原は圭条会の隠れブレーンだ。高飛びされたら警察のメンツも丸つぶれだろうしな」
俺は何でも知ってるんだとアピールしたいのだろう、得意気な森の鼻の穴が小さく開いたり閉じたりしていた。
泰輔兄さんは逃げたりしない。
自ら組織を守るための「おとり」となるんだ。
逃げたりしないさ。
「なんせ、相原ってやつは今は橘組の幹部におさまってるが、最近若頭になった鶴崎が彼を引き抜きたくて引き抜きたくて仕方なかったらしい」
森は興奮気味にさらに話を続ける。
「それを相原が断り続けたのは、組を替わることは道理に外れるし、橘組の組長の恩を仇で返すことだけは死んでもできないって言ったらしいぜ」
どうだと言わんばかりに、胸を張った。
なるほどね…泰輔兄さんらしい。
かっこいい、と思った。
他に気の利いた言葉も見当たらない。
俺は素直に「かっこいい男だ」と認めざるをえなかった。
組織の実力者を前に、堂々とそれを言ってのける泰輔兄さん。
真琴が愛してやまないのも無理はない。
彼が逮捕されたら、真琴はどうするんだろう。
お腹に子どもを抱えたまま、誰を頼りにして生きていくのだろう…