ふたり。-Triangle Love の果てに


ごくりと喉がなった。


暑さのせいか緊張のせいか、汗でシャツが背中に張り付く。


「すみません」


俺はわざとらしくその背中に声をかけた。


不審げな目付きで振り返った彼は、一瞬目を大きく見開いた。


そして声こそ聞こえなかったが、唇が「勇作」と動いた。


「中央新聞社の片桐と申します。地方面の記事を担当していまして…」


笑顔でそう挨拶すると、俺は名刺を差し出した。


そんな様子に、泰輔兄さんも何かを感じ取ったのだろう。


目だけで辺りをうかがうと、俺の前へ歩み寄ってきた。


「クラブAGEHAのオーナー、相原泰輔さんでいらっしゃいますよね」


「正確には、元オーナーだが」


助かった、さすが泰輔兄さんだ。


調子を合わせてくれる。


「実はですね、サラリーマン憧れの高級クラブをリサーチしたところ、相原さんがオーナーを務める、おっと失礼、オーナーを務めておられたAGEHAがダントツの1位でして。もしよろしければその手腕をインタビューさせていただきたいと…」


俺はあえて声を張り上げた。


周りで様子をうかがう警察官に聞こえるように。


「いやあ、今年も残暑が厳しいですね」


差し出した名刺を泰輔兄さんが受けとると、俺は口許をハンカチで隠しながら、くぐもった声で言った。


「今すぐ逃げてください」


「何?」


「しっ、名刺を見るふりをして。いいですか、あなたは今県警の捜査員に囲まれています」


彼は表情をひとつも変えずに俺を見ていた。


「そうか、来る時が来たようだな」とだけ言って、唇の端を持ち上げる。


「今すぐ駅へ行ってください、そこのロータリーに真琴がいます。ふたりでどこか遠くへ、できるだけ遠くへ逃げてください」


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