ふたり。-Triangle Love の果てに
騒然とする中を、泰輔兄さんは捜査員に付き添われて車に乗り込んでゆく。
だがふと足を止めた彼は、ネオンだらけのビルの合間から見える夜空を見上げて言った。
「ねえ、刑事さん。今夜は月が綺麗ですね。知ってますか、あんな形の月の名前」
「三日月だろ」
「そんなありきたりな答えじゃ、女は興ざめしてしまいますよ」
「ほう、三日月じゃなきゃ何て言うんだ」
「月の船、ですよ」
「さすが高級クラブのオーナーだっただけのことはあるな。洒落たことを言う」
声を立てて笑うと、彼は警察車両に乗り込んだ。
待ってくださいよ、泰輔兄さん!
真琴はあなたの子供を…!
「あなたも一度ご同行願えますか」
腕をつかんでいた強面の刑事が訊いた。
「すみませーん、ご迷惑おかけしました!」
タイミングよく中に割って入ってきたのは、森だった。
彼は俺の頭をはたくと、周りの刑事に頭を下げだした。
「こいつローカル記事ばっか取材してて、今日こんなことがあるなんて知らせてなかったものですから!本当に捜査の邪魔をしてすみませんでした!」
「君の部下?」
「はい、ほんっとうに申し訳ありません。普段からボーッとしてて、こちらも手を焼いてたんです。よりによって、こんな大事な場面で…この馬鹿野郎!!」
そう怒鳴ってから、刑事たちに愛想笑いをふりまいた。
「とりあえず署には来てもらうよ」
「そこんなんとか、こいつにはよく言ってきかせますから」
「まぁさっきまで相原と一緒にいたわけだから、一応話を聞かないとな」
「だから取材の申し込みですって」
「とにかく…」
「こら、ボサッと突っ立ってないでおまえも頭を下げろよ!」
泰輔兄さんの乗った車が走り去るのを呆然と見ていた俺の顔は、森の手によって下を向かされていた。
何やら頭上で森と刑事の押し問答が続いていたが、そんなことはどうでもよかった。
握りしめた拳が震えだした。
爪が手のひらに食い込んで皮膚が白くなっている。
だけど不思議と痛いという感覚がなかった。
痛いのは…
この胸だ。
真琴、ごめん…
ごめんな…
駅のロータリーで泰輔兄さんと俺を待つ、真琴の顔が浮かんだ。
きっとそこで彼女も今夜の月を見てる。
まだかな、って子どもみたいに胸を弾ませながら泰輔兄さんを待ってる。
俺は、何てことをしたんだろう。
おまえを愛するがゆえに、
泰輔兄さんへの嫉妬ゆえに
おまえの幸せを守ってやれなかった。
そのお腹の子の父親を奪ってしまった。
ごめん、真琴。
本当にごめん…