ふたり。-Triangle Love の果てに
第7章―Beloved you
~片桐勇作~
懐かしい潮の香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。
海岸の砂がうっすらとアスファルトを覆っている。
俺はそんな坂道を踏みしめるように、ゆっくりと上っていった。
ここ、豊浜は何も変わってはいない。
町並も、空も海も、風さえも。
錆びたガードレール越しにその海を眺めた。
春霞で水平線がぼやけてはいるが、海面に反射する太陽の光は眩しい。
15分ほどで、俺は丘の上のなつみ園に到着した。
いつもの賑わいが嘘のように、今日はしんと静まり返っている。
おそらく、みんなもう隣の教会に集まっているのだろう。
「勇作兄さん?」
園庭に入るのをためらっていると、明るい声が俺を呼んだ。
「やっぱり勇作兄さんだ」
「のぞみちゃん」
真琴の幼なじみの、辻本のぞみ。
豊浜に一つしかない診療所の一人娘。
「久しぶりだね、元気だった?」
淡いブルーのワンピースを着た彼女は「もちろん」と言って微笑んだ。
「あまりにも遅いから、電車で寝過ごしたのかと思った。早速だけど、こっちに来てもらえる?」
のぞみちゃんは小さく手招きすると、すたすたとなつみ園の敷地内に入っていった。
俺もついて行く。
庭を通り過ぎ、教会へと続く小道を進む。
しばらくして前を行くのぞみちゃんがぴたりと足を止め、俺を振り返った。
そして「あそこにいるから」と小声で告げると、前方の人影に視線を移した。
俺も同じ方向を見遣る。
そこには白くて長いドレスの裾をまくりあげて、必死に何かを探している若い女の姿があった。
後ろ姿だけで、俺にはそれが誰であるか一瞬でわかった。
のぞみちゃんが頷く。
どうぞ、と唇が形だけを作った。
気を利かせてくれた彼女がその場を去っても、俺は立ちつくしたままだった。
そんな男が背後にいるとも気付かず、一心に腰を折り地面を凝視する純白ドレスの女。
あまりにも熱中しすぎてか、ふいに持っていたドレスの裾がはらりと地に落ちた。
繊細なレースのほどこされたドレスが地につき土が裾を汚した。
「あ…」
思わず声を出してしまった俺。
驚いたように、彼女がこちらを見た。
俺の姿を捉えた瞬間、その黒い瞳がわずかに揺れるのがわかった。