ふたり。-Triangle Love の果てに
明け方、家に帰ると電気がついていた。
「おかえり」
ダイニングの椅子に座ったまま、お兄ちゃんは顔だけをこちらに向けた。
「どうしたの、こんな時間に」
「なんだか目が覚めちゃってさ」
「そう…」
やっぱり眠れなかったのね。
毎年この日はそう。
お兄ちゃんなりに悲しんでる。
お父さんとお母さんを偲びながら…
「すぐに着替えて朝ご飯の準備するわね。こんなに早く起きてるとお腹すいちゃうでしょ」
努めて明るく振る舞う私。
「いつもありがとうな」
お兄ちゃんも少し疲れているようだったけれど、笑顔を返してくれた。
17年前の冬。
お父さんが入院した。
原因不明の高熱が続き、大学病院を紹介されて検査をしたところ、肝臓に膿が溜まるという珍しい病気だとわかった。
お父さんっ子だった私は寂しくて、中学生のお兄ちゃんにせがんでいつも電車を乗り継いでお見舞いに行っていた。
大きくてきれいな病院。
ここがお父さんを治してくれるんだ、そう思ってた。
昼間は、お父さんの身の回りの世話をするためにお母さんがずっとそばについていた。
お兄ちゃんと電車に乗って、お見舞いに行く…その日もいつもと変わらない日だった。
ただひとつ、お父さんが病室を移っていたことをのぞいては。
「ねぇ、お兄ちゃん。お父さんは本当にここのお部屋?」
「そうだよ、今日から変わったんだ」
「なんで?」
「他の人と一緒だと、あまり真琴とお話ができないだろ?みんな病気でつらいのに、大きな声を出したら迷惑になっちゃうからね。だからお父さんは一人部屋になったんだ」
「私とお話いっぱいしたいから?」
「そうだよ」
私は部屋の前のプレートを見たけれど、お父さんの名前は書かれてなかった。
ためらう私の背中をお兄ちゃんが「さあ」と押した。
後で聞いたところによると、プライバシーに配慮して、個室利用者のネームプレートは掲げないことになっていたという。
「お父さん!」
個室のドアを勢いよく開けると、お父さんは呼んでいた本を閉じて手を広げた。
「真琴」
昨日会ったばかりなのに、何年ぶりかの再会を果たしたかのように抱き合う私たち。
お母さんとお兄ちゃんは呆れ顔。
「個室にしてもらってよかったわ。大部屋だと他の方に気を遣うもの」
お母さんが苦笑しながら言った。