電網自衛隊
 パソコンを起動させながら言う昇二に山口は答えた。
「まあ、そんなところだ、と今は言っておこう。使う時が来たら嫌でも分かる。ただ……」
 山口はそこで急に真剣な表情になった。
「そんな時が来ないのが一番なんだがな。おっと、東京急行の話だったな」
 昇二が知っていた「東京急行」とは、冷戦時代にソ連の戦闘機や爆撃機が日本の領空スレスレまで定期的に接近して来る行動を指す自衛隊内部での隠語だった。おそらく航空自衛隊の警戒能力を試していたのだろうと言われている。
「だが、今では東京急行と言えば不定期に日本、特に首都圏に大量に入って来る不自然なインターネット上の情報流入を言うんだ」
 山口の説明に昇二は思わず息を呑んだ。
「今朝、出勤中に駅で停電がありましたが、まさかあれは『東京急行』の仕業だと?」
「それは分からん。尖閣諸島の問題で中国の、竹島や慰安婦問題がこじれると韓国のネットユーザーが大量にメールを送りつけて日本の省庁のウェッブサイトを麻痺させたり、ホームページに落書きしたり、そんな事があったのは知っているだろう」
「はい。それは防衛大の講義でも習いました」
「ああいう、被害が目に見えるやつは逆に安心なんだ。迷惑は一時的な物だし、目的ははっきりしているから、少なくとも自衛隊が目くじら立てる話じゃない。だが、異常なまでに大量の情報が日本国内に流入していて、そのくせ目に見える被害は何一つ起こらない。こっちの方が不気味だし、サイバー攻撃ではないかと思うと自衛隊にとっても笑いごとでは済まん。おっと出たぞ」
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