無口な彼が残業する理由 新装版
背後で響いた声に、私は振り向くことができなかった。
なぜなら、聞こえた声の主はここにいるはずがないからだ。
青木は立ち上がって、私の背後に目を向ける。
「おせーんだよ、ヘタレが」
そう言っていつものおどけた顔をする。
ヘタレと言われた背後の男は、
何も言わず静かにこちらに歩み寄って来ているようだ。
青木は空気を読んだように、同じく何も言わずに、
でも一旦変な顔をして去っていった。
背後の男が私のすぐそばまで来た。
私は青木に顔を向けていた時の変な体勢のまま動けない。
「神坂さん」
だって、わからない。
「ねぇ、神坂さん」
どんな顔をして彼を見ればいいのか、
わからないんだもん。
「……理沙」