無口な彼が残業する理由 新装版
「お願いします」
ぺこりとお辞儀をすると
「うん」
と頭上で声がした。
私を送っていくことなんて何でもないと言っているような涼しい表情だった。
事務所の明かりを消して、鍵を閉めて、
ビルの外に出ると激しい雨が地面を打ち付けている。
「うわー、雨、ひどいなー」
私が呟くのと同時に軽い音を立てて丸山くんの紺色の傘が開いた。
視線だけで促され、隣に並んで歩き出す。
はじめは遠慮がちに少し離れていたけれど、
「濡れるから、寄って」
と丸山くんから距離を詰めてきた。
肩と肩が触れ合って、傘という小さな世界に二人っきりになったような気がした。