甘恋集め

緩やかな坂道を、少し早足に登り切った。

目の前に広がる街並みの美しさにほっとしながら大きく深呼吸。

「あー、いつ来ても落ち着く」

坂道の上にある小さなベンチは、ちょうど眼下にある街並みを一望できる位置にあって、滅多に誰もいない。

時々来ては、一人ぼっちの贅沢をあじわっている。

古さを隠しきれない木製ベンチは、元の色がわからないくらいに変色し褪せているけれど、趣のある空間を私に提供してくれる秘密の宝物だ。

ゆっくりと座り、カバンを横に置いて。

「いいなあ、あの屋根」

視界の真ん中にとらえた緑色の屋根をのんびりと見つめた。

切妻のその屋根は、明るい陽射しを浴びて、緑濃く、その存在を強く主張している。

「いつ見ても、素敵」

遠くに見える緑の屋根を眺めながら、うっとりとした口調でつぶやくのはいつものことで、誰も周りにいないから許される事。

友達にでさえ、ここまで気持ちを掴まれているものについて話した事はない。

だって、それは『屋根』だから。

きっと、私の事おかしい子だって思われる。

それがわかってるから、ひっそりこっそりと、一人でここに来るんだ。




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