甘恋集め
「近くで見るよりも緑が濃く見えるな。母さんに言っておくか」
「そうなんだ、近くで見ると色合いが変わるの?私はまだ近くには……。
え?近くって?……母さんって?」
男の子の何気ない言葉に大きく反応した私は、体を彼に向けてじっとその顔を見つめた。
なんだか心臓が激しくうっていて、呼吸するのでさえつらいかも。
彼がこぼした、ほんのひと言ふた言に、あまりにも激しい声で驚いてる自分って彼には不思議な生き物に見えるのかもしれないって、ふと思ったけれど。
そんなことどうでもいいや。
「あの緑の屋根と何か関係あるの?えっと……」
この男の子の名前、そう言えば聞いてない。
会って間がないんだから仕方ない。
仕方ないけどそれがもどかしく思えるくらい私は興奮している。
「真田竜我。22歳。大学4回生。で、あの家は俺の実家だ」
「う……嘘っ」
にやりと話す男の子……真田くんは、してやったり、というような顔で私を見ながら笑っている。
私は、聞かされた奇跡のような偶然が信じられなくて両手で顔を覆ったまま固まってしまった。
大好きなあの屋根に住んでいる人が今私の目の前に。
「や……屋根、屋根、素敵です。緑、素晴らしいです」
私の中の何かが壊れたように、そんな意味不明な言葉しか出ない。
あわわ、あわわ、そんな感じで、言葉にならない言葉を向けてしまって。
「お前、ここにいるだけでもおかしな女だと思ったけど、俺のその予想は間違いじゃなかったな」
真田くんは、ただただ肩を揺らして笑い続けていた。