短編集
──そういうこと、だったんだ……。
「波那が生まれる前、私は童話作家をしていた」
確かに、あたしか生まれる少し前まで、いのりひめは書いていた。
「私の名前には、姫って字が入ってる。橋の上で出会った彼。名前は新谷王紫。王さまの王にムラサキって漢字を書いて、『おうし』。波那なら浮かぶでしょう?」
王子様とお姫様……。
「『姫様の幸せは?』の、二人……」
「そう、橋の上で会った二人には、互いに『王』と『姫』という漢字が使われていて、王子とかお姫様とか呼ばれていた。姫様の幸せは王紫との始まりから別れまでを書いたものなの」
いのりひめは、思ったほど遠くにはいなかった。
むしろ一番近くにいて、その過去を知らなかっただけで……。
ここであたしは今までずっと聞きたかった疑問をぶつけた。
「……なんで急に書かなくなったの?あれだけの人気があるなら、もっと続けられたはずだよね?それだけが疑問で……どう探してもわからなくて……」
「姫は、永遠の別れの後も王子を想った。想い続けて書き続けてきた。この童話が王子様に届きますようにって」
そう言った直後、ずっと険しい顔をしていた母が、優しい顔をした。