摩天楼Devil
「……はい」


という返答を聞いた後、彼は離れる気だったのか、背中にあった手を下ろす。


私の方は背中の手を下ろさず、そのまま腕の中に居座った。


「妃奈?」


「もう少し……こうしてていいですか?」


「いいよ」


篤志さんの手も、元の位置に戻る。


「今日の妃奈は変だな。……絶対に甘えてこないのに」


何かあったのか? と訊いてきた。


ない、と答える。


うん、ないよ。別に……


ただ、さっきから真悠子とのやり取りが、真悠子の言葉が、頭の中で何度も再現される。


騙されてるとか、そんなマイナスな言葉よりも、


『惚れちゃったわけぇ?』

『惹かれてるんでしょ?』


といった、なぜか緊張が増してくるセリフが、何度も何度も響く。


『素直になれないタイプが恋をすると、こういう矛盾が出てくるのよねぇ』


――矛盾か……


これも矛盾だよね。


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