摩天楼Devil
何があった? とか、おかしいぞ、とか言われると思ったが、

彼は無言で唇を寄せた。


「ふ……ぁ……」


舌からも、逃げなかった。


慣れたとは言わない。

けれど、嫌じゃなかった。


何より、いつもより優しい。


ゆっくりと、上顎を撫でるだけ。


「――妃奈。逃げないし、怒らないんだな」


唇同士が近い位置で、彼は問う。


だって、レイさんとのキスはあれだけだったから……


私はそれ以上がいい。

そんなこと、とても口にできない。


無言で、相手の口元を凝視してた。


こちらの気持ちに気付いてはないだろう。


でも、私の望みは分かったのか。


「まだしていいの?」

と、微笑で訊く。


私は小さく頷いた。


おいで、と彼は言った。


それは、自分が今したことと、同じことをしろ、という指示だった。


彼から自分の方に来るのも、まだ慣れていないのに、私から?


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