摩天楼Devil
「一つ?」


なんだろ? と顔を上げた。


篤志さんは目が合うと、微笑む。


「“篤志”だ」


はい、あなたはそうですけど……


思わず、「へ?」と言った。


「妃奈。“さん”はいらない。篤志だ。呼んでみろ」


その命令に、私は急に照れた。


「妃奈。今さら、呼び方くらいで……」


赤くなってるらしく、彼は頬を撫でる。


「もっと恥ずかしいことしたじゃないか」

と、意地悪を言って、唇を撫でてくる。


私はとっさに手で払った。


「も、もうっ……あ、篤志“さん”なんて嫌いっ」


彼は真顔になった後、眉間に皺を寄せる。


――しまった。本当に怒らせた……!


時すでに遅く――


私は腕を引っ張られ、壁に押さえ込まれた。


「……駄目じゃないか……命令に背いちゃ……」


ひぃぃ、本当に怒ってるぅ~!!


「ごめ、ごめんなさいぃ~!で、でも命令って……もうパシリじゃないんじゃ……」


そう訴えたのがきいたのか、彼はにっこり笑った……ように見えた。


「そうだよ。もうパシリじゃないよ。だけどね……」


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