雨色の宮
私は差していた青色の傘を扉の脇の傘立てに置くと、静かに扉を開けた。漏れ聞こえてきた音によって、そこに私の意中の相手がいることが私には解った。
今回は空振り三振とはならず、見事に本塁打を打つことが出来たのだ。
その空間は、前方左側に据え付けられたパイプオルガンから奏でられる響きに満ちていた。
この曲は前にも月乃さんに聴かせてもらったことがある。
音楽の父が作曲したという、名も無き音楽。音楽の父が残した数多くの曲の中でも、この曲が一番好きだと月乃さんは教えてくれた。
「名前もないのに、どう聴いても神か聖なる人々に捧げられたとしか思えない曲だから」
そう言って、月乃さんはいつもの笑顔を見せてくれたのを覚えている。
また少し強くなった、ステンドグラスに打ち付ける素朴な雨音が、パイプオルガンの荘厳な音と重なりあう。
月乃さんと音と、雨の音の共演。
私は足音をなるべく立てないようにして、一番前の席へ向かう。今日は私の音の出番はないのだ。
お祈りを捧げた後、静かに腰掛け、視線は真剣な月乃さんに向ける。月乃さんの音と姿と、雨の音のみに心を傾ける。
健の上をしなやかに跳びまわる月乃さんの指は、いつもとても綺麗だ。いつものように音に合わせて動かされる白い足も、とても麗しく動く。
少し固めの表情も、笑顔を絶やさないいつもの月乃さんとは、また違って魅力的だ。
ここで生まれ出る音は、ピアノの時の月乃さんの音と、少しだけ違う。ピアノの時は大体優しさが前面に出ている月乃さんの音だけど、今日はパイプオルガンのせいもあるけど、とても凛々しい。
私が聴き始めてから、5回ほど弾き終わると、月乃さんは満足したのか演奏を止めて、大きく息を吐き、猫みたいに伸びをした。
「う~ん、満足」
私は立ち上がって、この宮の弾き手である月乃さんに対して拍手を贈った。
「ありがとう、陽子。でも来るの遅ーい、私と雨の音、半分ぐらいしか聴いてなかったでしょ」
月乃さんは私の方に近づいてきながら、ちょっと怒った風にそう言った。半分ぐらいという事は、10回は同じ曲を演奏していたということだ。
月乃さんとしては今日この場であの曲を10回は演奏しないと満足できなかった訳だ。
「ごめんなさい。でも、学校中を月乃さんを探して走り廻っていたんですよ」
月乃さんが私のスカートと足を乗り越えて、隣に座る。