空色センチメンタル
第一章 再会は唐突に
1.明け方の人魚
愛してるよ、悠美……。
甘い声に翻弄される。
抱きしめられた体は、まるでほろほろと崩れ落ちてしまうのではないかと思うほど、力が入らない。
「悠美、お前のことが誰よりも大事だ」
彼はそう言って私のまぶたにキスをする。
彼はベッドに入るとまず私のまぶたにキスをする癖があった。
皮膚の薄い部分に触れる陽の唇は、少し熱を帯びていてひどく官能的に感じられた。
「お前のことが誰よりも大好きだから、ここでさよならだ」
にっこりと微笑んで、彼は私を突き飛ばす。
どうして? と問い詰めたいのに声が出ない。
「さよなら、悠美」
待って!
お願い、待ってよ、私の話を聞いて。
そう言いたいのに、私の体は動かない。
ただ去っていく彼を見つめる。
――そして彼は遠ざかる。
その背中が見えなくなる。
白い霧の中に、消えていく……。
目を開けて、それが夢だとわかってからも、胸が痛くて泣き出してしまいそうな不安な気持ちが続いていた。
私は大きく息を吸って、体を起こした。
見慣れた、ホテルの部屋。
私を抱きしめて眠る人は、恋人ではないけれど馴染んだ人。職場の同僚――ということになるのだろうか。
神谷直貴、内科のドクターだ。彼は私の勤めている神谷総合病院の院長の息子。
もっとも末っ子の三男坊で甘やかされて育ったからなのか、嫌味な感じはない。
私の肩をそっと抱くようにして、静かな寝息を繰り返す、神谷先生の伏せた睫毛に室内のやわらかな光が揺れている。
まだ、胸の奥が痛い。
あの別れから4年が経つのに私はまだアイツのことを忘れられないでいるというのだろうか。
心をむしりとられるような恋の終わり。
20歳だった私はただ毎日泣いて過ごしていた。
それまでがあまりに幸せだったから、唐突な恋の終わりに私の世界が終わってしまったかのように感じていた。
あれからずいぶん時間が経ったのに、私はまだ恋をすることができない。
まるであれが最初で最後の恋だったかのように、心は恋愛感情を感じられずにいる。
こんなふうに男の人の腕の中で眼を覚ますことを繰り返しても、恋をしているわけではない。
私の恋心は、彼―――遠野陽との1年半ですべて使い果たされてしまった。
甘い声に翻弄される。
抱きしめられた体は、まるでほろほろと崩れ落ちてしまうのではないかと思うほど、力が入らない。
「悠美、お前のことが誰よりも大事だ」
彼はそう言って私のまぶたにキスをする。
彼はベッドに入るとまず私のまぶたにキスをする癖があった。
皮膚の薄い部分に触れる陽の唇は、少し熱を帯びていてひどく官能的に感じられた。
「お前のことが誰よりも大好きだから、ここでさよならだ」
にっこりと微笑んで、彼は私を突き飛ばす。
どうして? と問い詰めたいのに声が出ない。
「さよなら、悠美」
待って!
お願い、待ってよ、私の話を聞いて。
そう言いたいのに、私の体は動かない。
ただ去っていく彼を見つめる。
――そして彼は遠ざかる。
その背中が見えなくなる。
白い霧の中に、消えていく……。
目を開けて、それが夢だとわかってからも、胸が痛くて泣き出してしまいそうな不安な気持ちが続いていた。
私は大きく息を吸って、体を起こした。
見慣れた、ホテルの部屋。
私を抱きしめて眠る人は、恋人ではないけれど馴染んだ人。職場の同僚――ということになるのだろうか。
神谷直貴、内科のドクターだ。彼は私の勤めている神谷総合病院の院長の息子。
もっとも末っ子の三男坊で甘やかされて育ったからなのか、嫌味な感じはない。
私の肩をそっと抱くようにして、静かな寝息を繰り返す、神谷先生の伏せた睫毛に室内のやわらかな光が揺れている。
まだ、胸の奥が痛い。
あの別れから4年が経つのに私はまだアイツのことを忘れられないでいるというのだろうか。
心をむしりとられるような恋の終わり。
20歳だった私はただ毎日泣いて過ごしていた。
それまでがあまりに幸せだったから、唐突な恋の終わりに私の世界が終わってしまったかのように感じていた。
あれからずいぶん時間が経ったのに、私はまだ恋をすることができない。
まるであれが最初で最後の恋だったかのように、心は恋愛感情を感じられずにいる。
こんなふうに男の人の腕の中で眼を覚ますことを繰り返しても、恋をしているわけではない。
私の恋心は、彼―――遠野陽との1年半ですべて使い果たされてしまった。
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