白いツバサ
「今日は人がいないな……」
少年は体を起こし、辺りを見回して言う。
「これじゃ、仕事にならないや……」
そう言って、木にかけた縄を指で弾く。
縄は嫌がるように、少しだけ揺れた。
少年の仕事──
それは、底なし沼に落ちた者に縄を投げ、救出することだった。
もちろん、タダで助けるわけではない。
先に小袋の付いた細い縄を投げ入れ、そこに金貨や宝石を入れさせるのだ。
その報酬に満足してから、初めて太い縄を投げ入れる。
被害者は、体が少しずつ沼底に埋まっていく感覚と、迫り来る死の恐怖から、法外な要求でも飲むことが多い。
いくら財産があっても、死後の世界にまで持って行くことは出来ないからだ。
「この前の貴族は、なかなか羽振りが良かったな」
少年は笑う。
「ああいう人ばかりなら、仕事も楽なのにな……」
そう言いながら、空を見上げた。
穏やかな空。
優しい日差し。
「ああ……空が青いな……」
束の間の平和を噛み締めるように、少年は目を細めた。
少年の1日──
それは、夜明け前に起き、水汲みと家の掃除を済ませる。
日が昇り市場が賑わい出した頃にスリ活動。
午後はここで沼に落ちた者を救出し、報酬をもらう。
それを日没まで続けるのだ。
日が落ちた後は、パイロと共に酒場へと向かう。
そこでは、また別の仕事が待っている。
夜の仕事、それは──
「うん?」
物思いにふけっていた少年は、人の気配で我に返った。
「あれは……」
見れば、1人の少女が街道を歩いてくる。
髪は鮮やかな金色。
足首丈の空色のチュニックワンピースを着て、腰はベルトで締めている。
一般的な格好ではあるが、その雰囲気は庶民のそれとは違っていた。