白いツバサ

『幸せの記憶』

目を輝かせて景色を眺める少女。


(そんなに珍しい風景かな……?)


少年は、心の中でつぶやく。


(まぁ、底なし沼がこんなにあるのは珍しいかもしれないけど……)


溜め息をつきながら立ち上がると、少女の肩を叩いた。


「こんなところに来たら、お母さんが心配するんじゃないの?」


こんなところというのは、もちろん底なし沼だらけの大湿原のことである。


「うん……」


うなずき、振り返った少女の瞳は寂しさの色に染まっていた。

その表情に、少年の胸は思わず大きく脈打つ。


「ど、どうしたの?」

「私……お母様いないから」

「えっ!?」

「私を産んですぐに……亡くなったの」


そう言うと、少女は静かに微笑んだ。

それは、とても切ない微笑みだった。


「そうだったんだ……」

「うん……」


風が流れる。

優しく頬をなでていく。

この想いを、どこか遠くに連れ去ろうとしているかのように。


「でもね……」


その風を全身に浴び、少女は空を見上げた。


「私にはお父様も……そして、優しくしてくれる人たちも沢山いる……だから……」


しばしの沈黙のあと──


「だから、私は寂しくなんかないの……」


そう言って微笑んだ。

少年は、思わず拳を握り締める。

母親の記憶はないかもしれない。

だからといって、母親がいないことを寂しく思わないわけがない。

だが、彼女は周りの大人たちを気遣い、寂しさを押し殺しているのだろう。

悲しいことを悲しいと、寂しいことを寂しいと、素直に言うことが出来ない環境。

それがどんなに辛いことか……


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