100日愛 [短]
ふんわりと、懐かしい味が広がる。
久しぶりの感覚に、舌の先がジリジリしている。
「どうどう?」
「相変わらず美味いよ」
スプーンの動きを止めない夾を見て薫は満足そうに自分も手を動かし始めた。
カチャカチャという音だけが響くリビング。
話すことなんてあまりないし、夾自身、食事中の過度な会話は好きじゃない。
「おい…薫」
急に眉間に皺を寄せた夾の視線は、鋭いものだった。
薫はギクリと肩を一度震わせてから、ゆっくり顔を上げる。
「なに…?」
明らかに薫の目は不自然に泳いでいた。
だが逃げられないと分かっているから、決して話の腰を折ったりはできない。
「左手は?」
「……っ」
「薫…左手…」
夾は言い聞かせるように繰り返すが、薫は俯いたまま左手を膝の上に乗せたまま動かさない。
薫も礼儀と常識は知っていたからこんなことは絶対と言っていいほどなかった。
むしろ、夾だけでなく薫もそういうのを気にする人柄のため自分がしてしまうことは初めてだ。