キオクノカケラ
第9章

少し太陽が傾いて、徐々に紅く染まる空を静かに眺めていると、ふいに彼が声をかけてきた。


「あなたは、一体詩織の何ですか?」


「………あんたこそ、詩織の何なんだい?」


窓から目を離さずに同じことを聞き返すと、男は小さく息をついた。


「質問に質問で返すのはどうかと思いますが……まぁ、いいでしょう。
僕は詩織の婚約者、ですよ」


―――何が婚約者だ。

5年前にあんなことをしておいて。

よくもそんなことが言えたもんだな。

内心そう毒づきながらも、オレは窓から目を離し、男に挑発的な笑みを向ける。


「婚約者って言っても、
〈元〉だろう?





―――柏木 健斗(かしわぎ けんと)さん」


確信を持ってそう言えば、男――柏木健斗は特に驚いた様子もなく、淡々と答えた。


「やはり…知っていたんですか」


「まあね。
オレの情報網を嘗めると、痛い目に遭うぜ?」


「――肝に銘じておきましょう」


そう笑う彼は、穏やかな口調とは裏腹に、目は全く笑っていなくて

ただ口元だけが微笑んでいた。


こいつ…―――。

章には悪いけど、似てるな。

この、どうも考えが読めないとことか。

笑い方。

敬語。

……そっくりだ。

そこまで考えたところで、ふっと笑みがこぼれた。


「何ですか?いきなり」


オレは、怪訝そうに眉をひそめた柏木を一瞥してから頬杖をつく。

そして彼を横目に見ながら言った。


「いや…章はそこまで性格悪くないかもって思っただけだよ。


少なくとも、お前よりはね」


“お前より”をわざと強調しても、彼は特に気にした様子もなく、

小さくため息をつきながら、背もたれに寄りかかった。


「何だい?ため息なんてついて」


今度はオレが眉をひそめて聞く番だ。

それに対して彼は、呆れたような、小馬鹿にしたような

その中間の笑みを浮かべて答えた。


「いいえ…案外子どもっぽいところもあるんだと思って」


その言葉を聞いてオレは確信した。

――こいつは絶対、性格悪い。


< 105 / 153 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop