キオクノカケラ
隼は椅子から立ち上がって伸びをする。
すると、突然隼の体がふらついた。
「おわっ!」
「隼!」
ガタンッ
椅子が倒れて、部屋に軽い金属と床がぶつかり合う音が響く。
けど彼自身は倒れることなく、壁に手をついてなんとかバランスをとっていた。
あの、運動神経だけはいい隼が……。
「隼……?」
「ん?」
「お前、顔色が…―――」
「あぁ、大丈夫大丈夫」
オレが最後まで言い終わる前に、隼は笑顔で答えた。
「…………」
それでもオレは納得いかなくて、じっと隼を見つめる。
すると、彼は困ったように微笑んだ。
「…そんな、まじな顔すんなって。
ちょっと立ちくらみしただけだから」
「―――…そういうことにしとくよ」
嘘だと分かっていても、これ以上問い詰めることはしなかった。
まぁ、だいたい予想はつくし。
そして何より、オレの右手に僅かな反応があったから。
オレは隼から視線を反らして右手を辿ると、
焦点の合わない瞳でオレを見つめる詩織と目が合った。
「……結城、くん…………?」
―――『結城くん』か…。
やっぱり夢は夢、だよな――…。
この、どうしようもない現実に
少し寂しさを覚えながらも、オレなるべく優しく微笑む。
「あぁ…。
おはよう、詩織」
すると彼女は目を大きく見開いて、両手で口を覆った。
そして、その瞳には涙が浮かんでいて、堪えきれなかった分が頬を伝う。
「詩織……」
そっと名前を呼べば、彼女は小声で何か呟いたのが分かった。
うまく聞き取れなくて、ん?と聞き返すと
彼女は泣きながらオレの上に覆い被さった。
「おっと……」
あまりに突然のことに、オレは思わず目を見開く。
でも何だか嬉しくて、軽く彼女を抱き締めれば、微かに感じる震え。
そんな彼女は、オレの耳元で消えそうなほどか細い声を発した。
「よかっ、たぁ……」