キオクノカケラ
走る。
ただ走る。
途中、章さんに声を掛けられたらけど、何も言わずに通り過ぎてしまった。
――絶対不審に思われたよね…。
でも止まるわけにはいかなかった。
極力関わらないようにしなくちゃいけない。
章さんにも、結城くんにも。
ぎゅっと目を瞑ると、鮮明に思い浮かぶのは結城くんの傷ついた表情。
『っ……離して!』
私が彼を拒絶してしまった時、
傷が痛んだのであろう、苦しそうな表情と
本人は無意識だろうけど、今にも泣き出しそうな表情。
―――それを見た時、胸がぎゅっと痛んだ。
手を差し伸べたかった。
抱き締めたかった。
全て話してしまえば……。
そんな考えが頭をよぎった。
でもすぐに思い直して、拳を握り締めると、私は顔を背けて病室を飛び出した。
「っ………」
目が熱くなってくるのが分かる。
視界がぼやけて、鼻の奥がツンとなった。
泣くまいとどんなに唇を噛み締めても
荒っぽく袖で目を拭っても
涙は止まることなく溢れ出す。
泣いちゃ駄目。
自分で決めたことじゃない…。
私は再度拳をぎゅっと握り締めると、地面を見つめたまま走り続ける。
時々人にぶつかりながら、あてもなく延々と…。
きっと、もう戻ることはできない。
私は頬を伝う涙を拭うと、
ただ周りのざわめきを聞き流しながら、雑踏を駆け抜けて行った。