キオクノカケラ


「……私、もう帰るから」


涙ぐんだ声にならないように気をつけながら。

ゆっくり、はっきりと彼を拒絶する。


それから荷物を取りに行こうと、彼に背を向けようとしたが。

それは叶わなかった。


「結城くん…、…離して」


強く掴まれた右手。

病院の時とは比べものにならないほど、力強い。


「離してってば!!」


なんとか振りほどこうと腕を振り回しても、彼の手が外れることはなく。

むしろより強く力が込められる。


「結城くん……っ!」


私は彼の名前を叫びながら、腕を振り解こうと俯いていた顔を上げた。

その瞬間。


「っ……!」


すぐ目の前にある結城くんの顔。

唇に触れる、暖かくて柔らかい感触。


拒否しようと思えば出来たはずなのに。

それは出来なかった。


< 146 / 153 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop