キオクノカケラ
そう思うと笑いが込み上げてきて、詩織に優しく笑いかけながら、頭を軽く撫でてやった。


「ゆ、結城くん?」


すると、驚いた表情で、乱れた髪を手櫛で整える。

そんな彼女の慌てた行動にまたクスリと笑うと、

電話口から耳が痛くなるような大声が響いた。


『ちょっと結城くん!!!!聞ーいーてーるーのーーーっ?!!!』


さっきから何も返事を返さないオレに叫ぶ恵。

そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえててるんだけど。


「恵…聞いてるよ。だからもっと静かに話してくれない?」


『も~、全然返事してくれないんだもん!切れちゃったかと思ったよ』


「それは悪かったね。部屋に入れなくて困ってるんだろう?」


恵が話していたことを思いだしながら、そう尋ねれば。


「そうそう。困ってるの」


小さく息をつきながら、どうする?と返される。


どうするも何もないと思うんだけどね。

オレの返事はひとつ。


「今日のところは帰ってくれないかい?」


「『ええっ!!?』」


オレの返事に余程驚いたのか、恵と詩織から同時に声が上がる。

それに比べて章は、分かっていたように口の両端を上げて微笑んでいた。


『ちょっと待って。帰るって…なんで?』


それに詩織もこくこくと頷く。

てことは、恵の声が聞こえてるのか。

まあ、こんな大声で聞こえないワケないよな…


「これからちょっとあるんでね」


詩織の顔を見ながら言うと、途端に残念そうな顔をされた。

その顔には少し胸が痛むけど

仕方ないんだよ。


オレは曖昧に微笑むと、指先で彼女の頬を辿る。

そうするとびくっと肩を震わせて、目を揺らがせた。


その仕草にふ、と微笑むと顔をさらに紅くして俯いた。


『頭領。到着しました』


車内のスピーカーから聞こえる声に返事をすると


「ああ分かった。じゃあ、そういうことだから切るぜ」


『待って!結城く…』


強制的に電話を切った。


恵と詩織には悪いけど、これからが大変なんだ…


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