キオクノカケラ
結城くんの腕の中は居心地がよくて、

このままでもいいかも……って思い始めたとき。


背中にチクチクとした感じがあって、

首だけ後ろを振り向くと

ニコニコと黒いオーラをだす章さんがいた。



…今まで生きてきた中で、

(記憶をなくしてからだけど)

こんなに怖い笑顔ができる人、初めてみたよ。


「ゆ、結城くん…」


「うん?」


私は結城くんの背中を叩いて顎で章さんを指した。

けど一向に離してくれる気配はない。


それどころか、抱き締める力が強くなったような気がする。

結城くんは楽しんでるみたいだけど、私はたまったもんじゃない。



章さんの視線に耐えきれなくなった私は、

結城くんを力一杯押した。


ゴンッという鈍い音と共に小さい悲鳴がとぶ。


ちょっと強く押しすぎちゃった…かな


「っう…。
詩織、お前……やってくれるね」


鈍い音をたてた彼は、

右手でぶつけた頭をさすりながら

章さんに負けないくらいの笑みを浮かべていた。


「ご、ごめん。つい……」


顔の前で両手を合わせて、一応謝罪する。


けど、全然離してくれなかった結城くんにも

責任があると思うんだけどな…



心中で呟いて苦笑すると、彼は意地悪そうに微笑んだ。


「つい……ねぇ」


どうしてやろうか、とでも言いたそうな彼に、

私が頬をひきつらせた時だった。

ずっと黙っていた章さんが口を挟んだ。


「さっきのは、詩織さんが困ってるのにいつまでも離さない頭領に問題があったのではないですか?」


結城くんの鋭い視線が章さんに向く。

その視線を受け止めて、余裕の笑みを浮かべる彼に、

結城くんも口の両端を上げて微笑む。


「へぇ…問題、ね。お前の問題よりは軽いと思うけど?」


「僕は問題なんて起こしたことありませんよ」


「よく言うぜ。去年の秋のこと…忘れたなんて言わせねぇからな?」


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