キオクノカケラ
「だ、大丈夫。何でもないの」


私は笑って返すけど、ちゃんと笑えてるか自信がない。

案の定、結城くんは私の顔を見て眉を潜めた。

そして目を伏せると、私の隣に座り直した。


「…オレの前では我慢しなくていいんだぜ?」


その声は、何だか切なくなるようで、弱々しかった。

そのまま、彼は続ける。


「泣きたいときは、泣いたっていいんだ。辛いときは、辛いって言えば…――」


そこまで言って、彼はこちらを振り向くと、悔しそうに顔をしかめた。


「だから……っ」


拳を握り締めたのが見て分かった。

私はその手を優しくとると、包み込むように握った。


そして、微笑む。


「ありがとう……」


「……詩織」


「少しだけ…お言葉に甘えても、いいかな……?」


自分でも驚くくらい、声が震えていた。

体の震えも止まらない。


結城くんは、何も言わずに私の頭を自分の胸に抱き寄せた。

その途端、視界が揺れて、涙が頬を伝う。


「っ……怖かっ…た…すごく」


また、あの生活に戻ってしまうんじゃないかって。


…これからどうすればいいんだろう…


そればっかり考えて。


あの男が私に取り引きを持ち掛けてきた時。

ほんの少しだけ…



――…悩んでしまった。



私を、二回も助けてくれたのに。


…でも、もう二度と悩むことはないから。


「詩織……ごめんな」


結城くんが何で謝るの?

そう言いたかったけど、

私は首を振ることしかできなかった。





**********************


結城くんは、私が落ち着くまでずっと頭を撫でてくれた。

優しく。

壊れ物を扱うように。


「もう、大丈夫。ありがと」


顔を上げて微笑むと、思った以上に顔が近くて

一気に頬が熱くなる。


「ふふ…落ち着いたみたいだね」


「な、なんとか……」


ある意味落ち着いてないけど…!


釣り上げられた魚のごとく口をパクパクとしていると、

結城くんは曖昧に微笑んだ。


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