キオクノカケラ
そして、また胸がぎゅっと締め付けられるような

切ない声で私の名前を呼んだ。


「詩織……」


「?」


「ごめんな」


「……え?」


「迎えに行くの、遅くなって…怖い目に合わせた」


そう言うと、ふと彼の瞳が揺らいだ。

腕にも微かに力が籠っているのが分かる。



結城くんは、何も悪くない。

謝る必要なんてないから。


だから、お願い。

最初に会った時みたいに、傷ついた瞳を私に向けないで。


また、胸が苦しくなるから。


私は静かに首を振ると、彼の頬にそっと触れた。


「謝らないで。遅くなんてなかったよ?」


「助けてくれて、ありがとう」


優しく笑いかけると、彼は一瞬泣き出しそうな顔をして

私をぎゅっと抱き寄せた。


「ゆ、結城くん?」


「…少しだけ、家に着くまで………」


そう耳元で囁く声と、私を抱き締める腕が微かに震えていて。

私は抵抗しなかった。


ホントはすごく恥ずかしくて、

高鳴る心臓の音が聞こえるんじゃないか、って心配だったけど。


結城くんの腕の中はどこか懐かしくて、安心できて。




なぜか愛しさがこみあげた。




自分の感情に任せて、目を閉じると

私も彼を抱き締め返した。


すると、驚いたようで、腕が一瞬緩んだけど

またすぐに痛くない程度に力が籠った。



不思議…。

こうやって抱き締められるの、初めてじゃない気がする。


…それに。

嫌じゃない………。



『頭領。到着です』


しばらくして、スピーカーから声が聞こえた。

すると結城くんは、私を自分からそっと離した。


まだドキドキが抑まらない。

顔も絶対紅い!

結城くんに、気付かれちゃったかな…?


そんなことを考えながら、控え目に彼の横顔を見つめていると

私の視線に気付いて、こちらを向く。

そして艶っぽい笑みを浮かべた。


「どうしたんだい?オレの顔をそんなに見つめて」


「べ、別にっ…見つめてないよっ!!」


いや、見つめてたけど………。


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