初恋タイムスリップ(成海side)
「どうして聾学校に行きたいと思ったのかな?」
俺が風也くんに聞いても、風也くんは黙ったままだった。
「『逃げ』よ、『逃げ』
聾学校に逃げたいのよ」
風也くんの代わりに母親が答えてしまった。
逃げ…
そんな事じゃない。
きっとそんな簡単な気持ちじゃない。
俺は今まで患者に家族の話しをするのを避けてきたけど、
今、この親子には言わなくちゃと思った。
「風也くん。先生の弟も
君と同じ人工内耳をつけているんだ。
小学校までは普通学級で、
中学からは聾学校に行くと自分で選んだ。
もちろん逃げ道としてじゃない。
今、中学3年生だよ。
普通学級よりも人数は少ないけど、みんな仲間だ。
楽しく通っているよ」
風也くんは、少し驚いていた。
「先生はね。
そんな弟が大好きなんだ」
風也くんは、ちょっと目をそらして
「なかまが…ほしい」
と…
優が聾学校を選択した時と、同じ言葉を言った。
ずっと様子を見ていた熊野教授が口をひらいた。
「どうですか?
まぁ…またご家族でよく話し合ってみてください。
じゃあ次、ST(言語聴覚士)のところね」
そして親子は頭を下げてカ−テンを開けて出て行った。
「成海先生はもちろん、耳鼻咽喉科を希望するよね」
熊野教授はパソコンをうちながらそう言った。
「あ……はい」
もちろんって……