短篇
柔らかいカーペットが足音を消して、静かに静かに、海ガメへ向かう。


海ガメが泳ぐ大きな水槽の中には、岩で出来た洞窟が端に備え付けてある。

水の中で魚のように息ができるのなら、ぜひともその洞窟の中で眠ってみたい。



きっと素敵だ。



海ガメは優雅に、まるで鳥のように水中を飛んでいる。

私の頭よりもはるか上で泳ぐ海ガメが、ぐん、と音がするくらいに急に方向を変えた。

海ガメが真っ直ぐに前足を掻いて、私めがけて突進してきたのだ。



「ひゃっ」



ぶつかることはなくても、どきっとして後退りする。



まずい。



背中に感じる鼓動に冷や汗が出る。
それは、私のものではない、僅かに荒い息で背後に立つ、彼のもの。


私を逃がさないよう、水槽に付いた両腕。



「十一時、五十三分」



まるで牢屋のように。



「――俺の勝ちぃ」



私を閉じ込める。



「約束したよな」



丸い目で私達を一瞥した海ガメはゆっくり遠ざかる。



「俺のこと、好きになれよ」



水槽に映る太陽の顔はにやりと笑った。



ゲームセット。
私の負け。

でも、知ってた?


私も好きなのよ?
君のこと。
< 10 / 12 >

この作品をシェア

pagetop