万年樹の旅人
二章


 風はなく、母の微笑みのような陽射しが辺りに満ちていた。

 どことなく甘い香りが漂ってくるのは、ジェスが歩く先に庭園があるからだろう。万年樹と呼ばれる、金色の葉をつける大樹。王城の中心に位置する庭園には、それがある。

 白夜の国ラナトゥーンは、常春ゆえに植物がよく育ち万年樹もその例から外れない。ジェスがまだ幼い頃、高台に駆けていき汗を冷やす風を感じながら城壁に囲まれた王城をよく見下ろした。万年樹の根元には石段を積み上げた背の低い囲いがあり、城に勤める女たちが石段の上に腰をかけ談笑している姿を何度も見た。その頃の万年樹はすでに人の背丈などゆうに超え、差す陽よりも葉が落とす影のほうが多かった。今では庭全体を覆うだけでは足りず、城壁の外まで影は広がっている。太くしっかりした幹とはいえ、よくあれだけ広大無心に広がる葉身を支えられるものだと感心した。だが実際に万葉樹を目の前にしたときの衝撃は、更に上をいった。

 子供から老人まで、幅広く知られる物語の中に、万年樹の成り立ちがあった。まだジェスが生まれる何百、何千も昔の話である。

 人知を超えた力を持った初代ラナトゥーンの王は、その力をもって月へと渡り、月に住まう王と親睦を深めた。

 ラナトゥーンにはない、金色に輝く川、乾いた水のない土地には広がる熱い金色の砂。陽が沈み、訪れた濃紺の空に浮かぶ金にも銀にも似た星と呼ばれる煌き。どれもが初めて見るものばかりで、ラナトゥーンの王は常に胸の高鳴りを感じていた。そうして幾度と月へ渡る回数も多くなっていったのだという。

 中でも特に興味を惹いたのが、月の王の住む宮殿周りを守るようにして立つ巨木、万年樹であった。
< 10 / 96 >

この作品をシェア

pagetop