万年樹の旅人

 太く硬い樹木に触れれば、指先に伝わる人肌に似た温かさ。地に向かって頭を垂れるように枝が下がり、茂る葉は金色に発光し、成らせた花は細かな金色の粒子を振りまいていた。風もないのに揺れるその姿は、妖精の踊りを見ているような気分にさえさせる。

 ラナトゥーンの王は、この大樹を自国にも欲しいと願ったが、月の王は何度懇願されても首を縦に振ることはなかった。昔より月を守ってきた神聖な存在を他国へ譲ることは罷り成らぬと、厳格な態度を崩さなかったのだ。自身の子供を、他人が可愛いから譲ってくれと懇願されたところで、譲り渡す親はいないだろう、と、王は笑いながらも瞳に湛える厳しさを下げることはなかった。

 だが、ラナトゥーンの王は諦め切れなかった。王宮を抜け、自国へと戻る素振りを見せた王は、こっそりと万年樹のある庭へと向かい、一本の枝を折ってしまった。

 途端、穏やかだった風が渦を作るようにラナトゥーンの王を囲ったのだ。穏やかだった川が激しさを増し轟音と飛沫の雨を月の大地に降らせた。枝を折られた万年樹が泣いている。自分を、傷つけた者への怒りが激しい天災を呼んだ。子供が泣いているようだと思った。痛い、と。助けて、と訴えながら。ひたすらに、絶叫しているようだった。

 事実を知った月の王は激しい怒りをもって、ラナトゥーンの王を追い返した。そのとき、万年樹はただ美しく人を惹きつけてやまない存在のみではないのだとラナトゥーンの王は知った。そして折った枝を抱えたまま、王城の庭園の中心で息を引き取っていたのを、ラナトゥーンの者が見つけたのだという。

 以降、王族に不思議な力を宿して生まれてくる子供はいっさいなくなった。だが奇なことに、初代王が持ち帰った枝が育ち、葉を成した頃、再び王族に人知を超えた力が宿ったのだという。更に不思議なことに、能力を使うたびに、身体の一部に金の色が現れ始めたのだと。大きな能力を使えば使うほど、それは顕著に現れ、まるで自分が万年樹の一部にでもなってしまったかのような錯覚に陥る。

 得体の知れぬ現象に畏怖した先の王族は、自分の内にそれらを秘めた。

 どこまでが事実で、どこからが仮構の物語なのか、その顛末を知る者はいないが、万年樹には、そういった話がいくつも伝わっているのは確かで、不思議な樹であることには変わりなかった。
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