万年樹の旅人
庭園の全貌が見渡せる渡り廊下で、ふとすすり泣く声をジェスは聞いた。
思わず歩みを止め、視線を左右に彷徨わせて見つける。おそらく彼女だ。万年樹の周囲に積まれた石段の上に腰をおろし、顔を覆いながら俯いている女性。白を基調としたたくさんの布を重ねて拵えたドレスから、顕わになった肩が小刻みに震えていた。
屋根つきの、狭い渡り廊下の柱に隠れるようにして、ジェスは目を細めながら庭園の中心を見やる。たまたま人が少ない時間なのか、それとも彼女の存在が人を遠ざけたのか、万年樹の周りには人ひとりいない。
(あれは……)
金色に薄緑を流し込んだかのような細く長い髪は、万年樹の葉の金によく似た色をしており、髪を彩る留め具やドレスのそこここに散りばめられた宝石は、素人目に見ても、ひとつ売れば村町の一家が何年かは遊んで暮らせるくらいの値段はつくだろうとわかる。
王の居住する塔の周辺を囲うようにして、小塔がいくつも建っており、それらのひとつにジェスが詰める騎士団の屯所があった。ちょうど練習の時間を終え、城下街へと買出しに出かけようとしていたときだった。
城から街へと抜けるには、王の居城がある北から南に向け、庭園を縦断するようにかけられた渡り廊下を通るほか道はない。
どう対応したらいいのか迷い、一瞬来た道を引き返そうかとも思ったが、避ける理由もない。覚悟を決めて廊下を進んだ。中央の万年樹の大樹が近づくたびに、甘い芳香と嗚咽まじりの泣き声が強くなってくる。そのたびにジェスは困惑した。
長い渡り廊下も中心にさしかかると、左右に広がる庭園へと降りる短い階段が見えてくる。万年樹は、縦断する廊下の流れを切断するように位置しており、やはり短い階段が北と南にあった。
ジェスはそのまま北側の階段を静かにおり、足音なく万年樹へと近づいた。
「――どうかされたのですか」