万年樹の旅人
骨ばった手がルーンの肩を軽く叩いた。気配もなく近づいてきた者に、ジェスもルーンも驚き、振り返るとそこには一人の男がどこか冷えた笑顔を浮かべて立っていた。
血の気のなくなった顔で、ジェスはその場に叩頭し、ルーンは細い肩を微かに震わせ一歩下がる。ジェスは、頭を下げるほんのわずかな一瞬、泣き顔から笑顔に戻ったルーンに、再び暗い影がさしたのを見た。
「ああ、楽にしていいよ」
低くのびやかな声。ジェスは失礼しますと呟き顔を上げると、自分を見下ろし薄い笑みを浮かべた瞳とぶつかった。
整斉たる印象を見る者に与える青年だった。袖口がゆったりした白いブラウスの、首から下全てのボタンがとまっている。黒い細身のパンツから覗く重そうな革靴は、汚れどころか通された紐まで手が行き届いているのがわかった。彼のふんわりと癖の強い金髪は、ルーンよりも少し赤みが強く、風に乱されるのを厭うように細長い指を軽く添えていた。髪も瞳も明るく、また常に微笑んでいる姿は向日葵の花のようだった。穏やかさの中にもどことなく自信があるように窺える。彼の上がった口角を見ていればこそ、余計にそう感じてしまうのかもしれない。そんな姿を見つめていたジェスに、不意に男は一瞥をくれた。そしてすぐに逸らした。
ほんの一瞬のことだった。背筋にぞわりと虫が這うような、姿の見えない恐怖がジェスを唐突に襲った。物柔らかな雰囲気とは裏腹に、彼の瞳の奥に宿った意思の色――いや、隠れた素顔の一面は、冷たい氷をはらんでいる。
ジェスは自分でも驚くほど、戦慄した。地面についたままの手が微かに震えているのを見て、更に驚愕した。
ルーンと同様、この城に関わる者ならば、誰もがその存在を知る男――次期国王に最も近いとされるアズ・ラナトゥーン。ルーンとは血の繋がった兄妹だ。