万年樹の旅人
「ルーン、こんなところにいたのかい。随分と捜したよ」
自然と差し出された手を、ルーンは素早く打ち払った。
「わたしに触れないで」
「おやおや。何がそんなに気に入らないのかな」
「――白々しい。何もかもよ! あなたの妃にならなくちゃいけないなんて考えただけで反吐がでるわ!」
ドレスの裾を握り締め、まるでそうすることで自分の怒りを最小限に抑えているようにも見える。穏やかに微笑っていたルーンと、今の激しさを隠さないでいるルーンと、どちらが本当の彼女の姿なのかわからないほど、ジェスは困惑していた。まるで夢幻を見ているようだった。顔を真っ赤に染め上げ息も絶え絶えに捲くし立てているルーンを、ジェスは数歩下がった場所から見つめた。
(もしかして……)
ルーンの涙の理由はそこにあるのだろうか。
ラナトゥーン王族に産まれる者には、人知を超えた能力が備わる。例外なく今まで王家が続いてきたのは、王族以外の者と婚姻を結ばないからゆえだった。一度は失った能力を再び取り戻した祖先は、血が薄れてしまうことを懼れた。封印し、使うことのない能力でも、使わないのと失くすのとでは大きな違いがある。喪失は、自分の手足が動かなくなるのと同等の恐怖だった。やがて現在の条規ができあがり、外部との婚姻は一切認められなくなった。
だがルーン・ラナトゥーンだけは異を唱えたという。血の繋がった者との婚姻を拒絶するわけではない。ただ、望んだ者との婚姻が認められない規律は、いつか瓦解を招く、と。現に他国との交流は、ほとんど皆無に等しい。自国で賄える産業には限りがあり、少しずつ、人の目に見えないほど小さな毀れが、ラナトゥーンを蝕んでいるのも事実である。
ルーンの意見を支持する者も、勿論いた。だがその大半が女性で、公述するのは難しいのも現実である。公定が男性でなければいけない、という決まりはないが力量の差か、女性よりも男性が官に望まれるのも確かなのだ。