万年樹の旅人
「そういう話題は、もう少し場所を選んで話していただきたいものだね」
アズに言われて、ルーンはそこで初めて辺りを見渡した。
突如向けられた視線に狼狽し、俯きながら足早に廊下を去る者、柱の陰で事を静観していた者が不自然に歩みだす姿。よく見れば、両手では足りないほどの人間が、ルーンやアズ、そしてただひとり部外者とも呼べるジェスを物珍しげに見ており、――やがてそれらが散った。
ルーンの頬に朱がさすと、アズはやれやれと細い息を吐いた。
「で? 君は私への不満をそこの見習い騎士殿に洩らしていたわけだ」
「そんなこと言うわけないじゃない!」
「どうかな。君が私を疎んでいることは有名な話だからね。――まさか頬に触れただけで血相変えて逃げ出すとは思ってもいなかったけれど」
万年樹に体を凭せかけ、腕組みをしながらアズは軽快に笑った。
ルーンは不快と蔑みの目でアズをねめつけ、アズはそれをかわし穏やかな笑みでもって迎えた。
だがジェスは見た。ほんの一瞬、再び自分に一瞥をくれたときの、アズの凍えるような視線を。
今、ジェスの目に映る、物腰の柔らかい眼差しとは真逆――獣のような瞳だった。一瞬のことで、気にとめるほどのことではないのかもしれない。けれど、ジェスは彼のあの身を凍らせるような冷たさの瞳が苦手だった。情けないけれど、指が震えて止まらない。ルーンに視線をやろうとすれば、毎回あの眼差しを受けた。
無言の重圧なのだろう。彼は暗に言っているのだ。ルーンと関わるな、と。余裕をちらつかせながら、その裏では烈しい感情を燻らせているのが窺い知れた。
たまたま居合わせた程度の男に、嫉妬しているのだと先ほどの一瞬で悟った。