万年樹の旅人
三章


 横長のテーブルの上には、木の碗になみなみと注がれた乳の汁が湯気をあげていた。背の低い丸太の椅子に腰をかけ、ユナは木のスプーンで汁の中に入った山菜とほんの少しの獣肉を無言で噛み砕く。動物の骨から出汁をとり、乳に塩とほんの少しの香辛料で味付けをした簡素な汁物だが、ユナはこの朝食が大好きだった。学舎のある日は、このメニューにパンが加わる。今日もユナの握りこぶしほどの大きさのパンがふたつ、食卓に並んでいた。いつもならば、それだけで心躍るのだが、この日のユナは、食事を目の前にしても表情が沈んでいるのがわかった。

「どうしたんだい? またいつもの夢を見たのかい」

 ユナの正面に腰をかけた老爺――ラムザが心配そうに顔を曇らせた。


「ううん。違うよ、今日はちょっと違う夢だった」

「違う夢?」


 碗の中をスプーンでかき混ぜながら頷いたユナを、ラムザは怪訝そうに見た。

「化け物は出てこなくて、そのかわり、僕が違う人になって、違う世界を見て歩いて話をしていたの。どこかのお城みたいだった」

 そう言うユナは、相変わらず表情が硬く優れない。

 話を聞く限り、そこまで気分が塞いでしまうような悪い夢でもなさそうなのに、とラムザはユナが続きを話し出すのを待ち、黙した。

「大きな樹があってね、えっと……万年樹、って言ってたかな」

 目が覚めたばかりのときは、どちらが自分なのか見失ってしまうほど鮮明だったのに。すでにぼやけ始めた夢の内容を思い出そうと、口の中で転がすように呟く。するとユナの言葉に反応したラムザが目を丸くした。


「万年樹――金色の葉や花が咲く樹か!」

「ラムザ爺さん知っているの?」


「お前さんに散々聞かせてやったろう。月の裏側にはもうひとつ違う世界があって、天気の良い日のお月様が金色に輝いて見えるのは、裏側の世界を透かして見せているからだってな。その世界の物語の中にその樹は出てくるんだよ」
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