万年樹の旅人

(僕が何をしたっていうの。どうしてこんな夢を見なくちゃいけないの……!)

 夢を見るようになったのが、いつの頃からかはっきりとは覚えていない。最初はただの夢だと思い、気にも留めていなかった。目が覚めたあと、怖かった、と、その思いだけがぽつりと胸に落ちただけ。だが、悪夢を忘れた頃に、再び全く同じ夢を見た。音もにおいもない無の中で、たったひとりで獣と対峙させられている夢を。獣の眸はひどく不気味で、目を刺すような強い光を発し、時おり何かを叫んでいるようにも見えた。しかし音が聴こえない。においもない。なによりユナに獣の言葉を理解する能力は備わっていなかった。平凡で、少し貧しいどこにでもいる取り柄という取り柄もない少年だったから。しかし、獣の態度が自分に友好的ではないことは、幼いユナでもよくわかった。

 そういった夢がもう五年以上は続いている。

 悪夢を見て、記憶が薄れた頃にまた同じ夢を見る。まるで忘れることを許さない、とでも言うように、体に心に恐怖を植えつけていく。まだ十五にも満たないユナのやわい心は見えない敵に蝕まれ、眠ることすら躊躇う毎日だった。眠ればきっとまたあの夢を見る。それは怖い。けれど、無情にも眠気はやってくる。同年代の子供が教師に反抗するように、親に反抗するように。ユナはやつに対して頑なに拒み続けていた。だが、そうした努力もむなしく、眠りは突然にやってくる。やがて、ゆらゆら揺れるような心地に包まれたと思ったら、この悪夢だ。

(何を言いたいの? 何がしたいの)

 誰に向かって問いかけているのか、ユナ本人もわからずただ胸中で叫び続けた。

 そうしてどれ程か時が経った頃、すでに視界は涙でかすんでいた。泣くことは恥ずかしいことだと、ユナはいつも思っていたにも関わらず、我慢できなくなったのだ。喉の奥から嗚咽が漏れそうだったが、かろうじてそれだけは耐えた。息を吸って、唾を何度も飲み込んで、歯を食いしばったら少しだけ涙が止まる。そうして、涙に濡れたうすぼんやりとした景色に獣の眸の光だけが浮かんでいるように見え始めたときだった。
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