万年樹の旅人
五章

 亜麻布をぴんと木枠にはめた白いキャンバスには、まだ色がはめられていない。

 ユナの目の前に広がる景色は、春ならではの鮮やかな光景だというのに。筆を持ったまま、ただ茫然と花や植物、また公園の中心にある自分の背よりも高く吹き上げる噴水の飛沫を見つめていた。陽に照らされきらきらと輝く姿は、噴水の中心から宝石を投げ捨てているようにも見え、ユナはなんだかとても贅沢な気分になる。

 五年間通う学舎では、一年に一度、春の時期にこうして公園へと赴き全生徒が写生を楽しむ。学舎は義務ではない。ゆえにさまざまな年齢の生徒がたくさんいる。十になれば貴族の子供はすぐに就学するが、そうではない者、ユナの家のように貧しい者などは、余裕ができてから入る者も少なくはない。それこそユナの何倍もの年齢であろう生徒もなかにはいる。教室は、近い年齢の生徒が集められ学ぶが、この写生のときばかりは違った。クラス関係なく、全生徒が同じ時間を好きな景色、好きな場所で写生を楽しむのだ。

 ユナは今年で三度目になるが、毎年何を描いていいものか悩む。

 公園は、学舎をいくつ詰め込めるのだろう、と想像もできないほど広大だ。その中からたったひとつの景色を選ぶことも、またキャンバスに色を塗ってしまうこともなんだか勿体無い気がするのだ。

 決して安くはないキャンバス。キャンバスを目の前にすると、いつも脳裏にラムザ爺さんが笑ってうつるのだ。仕方のないこととはいえ、無理をさせてしまうのではないか、と子供ながらに不安になる。そう言ってしまえば、きっと笑って「気にするな」と言うのだろうけれど。
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