万年樹の旅人

 やがていくらか歩いた頃、ユナが歩く先から更に強い光を感じた。光と一緒に甘い香りも強くなっていく。目を細めて、なんとなく歩く速度を速めた。心の底から出たい出たいともがき暴れるような焦燥感が、ある。知らず駆け出していたユナの動きに合わせて、光を弾く艶やかな黒髪がなめらかに揺れた。なぜだか泣き出したかった。でも嬉しくてたまらなく、声を上げて笑い出したいとも思った。胸に迫りあがるものの正体がわからず、ユナはただ心急いだ。あの光の中心には、何があるのだろう。行けば、この正体不明の感情に、答えが出るかもしれない。

(あれは、なに?)

 近づくにつれ、光の中心にある正体が見えてきた。この一帯に見える樹木を何十と集めても敵わないであろう存在感のある樹木が姿を現した。ぐるりと腕を回して抱き込むには、いったいどれだけの人数を集めたら叶えられるのか、ユナはぼんやり考え、その樹木の異様な姿に、息を呑んだ。

 見たこともないほど立派な大樹。だけど、ユナが言葉を失ったのはそれだけではなかった。

 樹幹の中心より下の部分――ちょうどユナの目線から上あたりだ。樹木から分かれる枝と一体化していたのは、まだ若い女性の姿だった。枝のように伸びる腕、何も纏わぬあらわになった乳房も、何もかもが樹木と同じ、金色に輝いている。蔦や葉が、女性の体を縛り付けるように絡みつき、思わず見とれてしまうほど柔らかそうな肌に傷がついてはしまわないか、ユナは痛そうに眉を歪めた。

 ユナの気配を感じ取ったのか、樹と一体化していた女性の伏せていた長い睫毛がゆっくりとあがり、緑にも金にも似た、たくさんの水を含んだような、潤んだ大きな瞳がじっとユナを見つめた。ユナが今まで出会った女性の中で、誰よりも見目美しい。けれど、ぎくりとさせられるほど感情が感じられなかった。だからだろうか。こんなに綺麗な女性に見つめられているというのに、ユナは畏怖すら感じた。うなじあたりがひんやりと冷たくなっていくのがわかる。
< 5 / 96 >

この作品をシェア

pagetop