万年樹の旅人

「――ユナ!」

 机に伏せていた顔を素早く上げると、ユナの真正面に困り顔の女教師が立っていた。

 自分が今どこにいるのか、咄嗟に思い浮かべることができなかった。だが、目の前の教師や横長の木の机に、何人か自分と同じ歳の頃の少年少女を見つけて、初めてここが夢ではなく、現実なのだと思い出した。

 教室の一番左隅、ユナの左の頬に陽がさす。硝子の嵌められていない窓から、ゆるやかな風が流れ込んできている。

 そうだ。午後の授業の最中だった。すっかり微睡みに身を任せて深い眠りに陥っていた自分に驚愕すると同時に、恥ずかしさから教師の目を見ることができない。黙りこくったまま俯いたユナの耳に、聞き慣れた小さな笑い声が聞こえてきた。

「また遅くまで屋根に上って星を眺めていたんじゃないの」

 含みある声が、くすり、と軽い笑い声と一緒になって聞こえてきた。それに続くように、別の少年も笑いながら声を上げる。

「いつか月に行くんだーって、ユナはいつもそんなことばっかり言っているんだ」

「あれ? 月の裏側に街があるんじゃなかった?」

「どっちも変わらないじゃない」 


 揶揄が飛び交い、嘲笑が教室の中に満ち溢れていく。ユナはたまらなく更に俯いて、開かれた本の中に視線を落とした。

 女性教師は溜息を漏らすと、静かに、と溢れた声を窘めると再びユナのほうへと向き直った。

「素敵なお話ね。でも今は私の授業の時間よ。もう少しだけ頑張って起きていてちょうだい。――いつかその月のお話、私にも聞かせてちょうだいね」

 柔らかに微笑って告げた教師の顔を、ユナは見ることができなかった。俯いたまま、いまだ止まない微かな嘲笑が、耳元でこだまして、授業が終わってもずっとこびりついたままだった。
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