万年樹の旅人
――お願いが叶っちゃいけないの……?
恐る恐る尋ねるルーンに、母は首を横に振った。
――お父様もお母様もお兄様も、ルーン、あなたも死んでもいいと思えるほど願いを叶えたい、と思うものができたら万年樹にお願いなさい。
――だめ! お父様もお母様も死んじゃだめ! アズも今度街に連れていってくれる約束をしたもの、絶対だめ! ……あ。
母に縋りながら思い出した。アズとの約束は、二人だけの秘密だった。侍女にも、もちろんお父様にもお母様にも内緒だよ? と言っていたアズの顔を思い出す。
ルーンが望むものをいつも叶えてくれる兄。街で食べられるというデザートも、兄に頼めばもしかしたら叶うかもしれない。そう思ったが、なぜか兄に伝えようとは思えなかった。もし兄が万年樹にお願いをしてしまったら、母が言うように、大切な人たちみんなが死んでしまう。我慢できる程度のわがままのために、みんなを失いたくはない。
けれど、母は思い違いをするかもしれない。
自分が兄に頼み込むかもしれない、と。
叱咤が飛んでくるかもしれないという恐怖から、ゆっくりゆっくり視線を上げると、さきほどまでの恐ろしい雰囲気はどこへいったのか、母は困ったように微笑っていた。
温かい手が、ルーンの頭を撫でた。
――城を抜け出すのもほどほどになさい。あなたたちが抜け出したあとの侍女が可哀想で仕方がないのよ。
そう言う母の表情は、いつものものに戻っていた。温かい布団にくるまっているような、そんな心地の良い空気に満たされ、ルーンは母の顔を見ながら微笑んだ。