万年樹の旅人
眩暈を覚えるほどの、万年樹の甘い香りを感じるたびに、ルーンは幼い頃の記憶に思いを馳せていた。
まだ何も知らなかった幼い自分。
万年樹に願いごとをすることが、どういうことかも、はっきりとわかってはいなかった。ただ母が恐ろしくて、大切なものを失いたくないというだけの理由で、万年樹の前では口をつぐんだ。確信はない。けれど今のルーンはもう知っている。
「お願い。ジェスの魂を返して……」
万年樹を目の前にして、ルーンは意外にも落ち着いた口調で口にした。
伸ばした指が幹に触れる。温かかった。ほんの少し前までは、ジェスも温かかったのに。けれど、もう冷たい。触れていた手が次第に冷たく硬くなっていく様子を、ルーンは嫌というほど覚えている。
不意に、風が吹いた。
白い陽の光に混じって、草の匂いがする風が辺りに満ち溢れた。最初穏やかだった風が次第に強くなり、やがて目も開けられないほど強く吹き荒び始めた頃には、立っているのがやっとだった。びゅうびゅうと獣の唸り声のような風が耳元で鳴るたび、垂れ下がる枝葉が頭や頬にあたった。軽い痛みを覚えるなか、ルーンは必死で万年樹の太い幹にしがみついた。両腕から伝わる温度と湿った土の匂いが、早くなっていくルーンの鼓動を落ち着かせる。けれど、ふと気付いた。万年樹にしがみついている両腕に、かすかな痛みがあることに。
目を開けようとすると、細かい砂が目に入り涙が滲む。それでもルーンは構わず目を開けた。