万年樹の旅人
こんなもの、殺戮と変わらない。
風の唸り声に雑じって、人々の悲鳴や叫び声、自分に向けられた列火のような怒りが聞こえてくるような気がした。血なまぐさい臭いが、実際そんなものは感じていないのに、鼻の奥にこびりついているような気分になる。
母も父もジェスからも、見捨てられるようなことをしている。けれど今更もう止まることはできない。
人々の死を、このとき初めて感じ取り、ようやく僅かな後悔が生まれた。
涙が零れた。
すでに人の姿とはかけはなれた、何者ともいえない姿となってしまった自分の太ももに、大粒の涙がいくつか落ちた。
「ルーン……!」
自分を呼ぶ声に、ルーンは顔を上げた。
万年樹に絡みとられ、本来の視線よりもずっと高い位置にあるそれで見渡した。ちょうど自分の真下――万年樹の根元にアズがいた。
息を切らせて、おそらく走ってきたのだろう、傍らにはリュウの姿もあった。
アズもリュウも、ルーンの姿を見て一瞬言葉を失う。けれど、アズは更に近づき仰いだ。
ルーンと、アズの視線がぶつかった。どちらも無言のままお互いを見つめていた。これで満足か、そう叫んでアズに悪罵を投げつけてやりたかった。けれど、アズの瞳を見た瞬間、驚くほど怒りがしぼんでいった。
久しぶりに真正面から見つめたアズの瞳は、涙で濡れていた。暗い哀しみと、アズなりの悔いる思いをその瞳に見て、ルーンは静かに瞳を伏せた。
もう、何がよくて何が悪かったのか、それすらわからなくなっていた。
ただ、見知った人間が死んでいく姿を、もうこれ以上見たくない。そう思ってひたすら心と耳を閉ざした。