万年樹の旅人
とぼとぼと、路に沿い歩くユナの影がゆらゆらと目の前を歩く。肩を落とし、影を踏み越そうと一歩踏み出せば、影はユナの更に先を行き、決して追い越すことはできない。気分の良い日ならば、自然と歩幅も大きく影を飛び越そうと躍起になるのだが、生憎この日はそんな気分にならなかった。
すでに陽は西に傾き、都を煌びやかな橙色に染め上げている。背の高い教会の尖頭や、掲げられた十字架に陽光が反射して、時おりユナは目を細めた。広いレンガ造りの通りを馬車がいくつも通り過ぎ、車輪の音だけがユナの耳に残った。大通りに並ぶ美術館や画廊、少し歩けば学舎の何十倍の広さもある公園がある。有閑階級の者らが多いこの都は、いつも明るく賑やかだ。どれだけユナが落ち込んでいようと、その様子はいつも変わらない。通り過ぎていく人々が、ユナに投げやる視線すらも。
麻の薄布でしつらえられた衣に、頭まですっぽり隠れるほど深いフードのついた羽織もの。衣と同じ素材で作られた、ぎゅうぎゅうに中身が詰まった巾着袋を肩から提げ、ユナは都を行き交う人たちの風采に思わずため息が漏れた。
指を這わせたらするりと滑ってしまいそうなほど光沢のある衣も、光を弾く高価な石のついた装飾品も、ユナは一度も手にしたことがない。羨ましいとは思わない。だが、やはり一度くらい触れてみたい、着てみたい、と思ったことはある。貴族らが身に着けているようなものを同じように着れば、学舎で嗤われることもないのだろうか。都の人たちから浮浪者を見るような視線を投げられることもなくなるのだろうか。裕福ではない生活に、これっぽっちだって不満はないのに、家から出れば、裕福じゃないことで白い目で見られる。そんな現実に、ひどく悲しくなった。
そうして歩けば歩くほど、都の喧騒と眩い明かりはユナの背後で小さくなっていく。代わって見えてくるのは、緩やかで穏やかな残照と暗い空に明滅する星屑。聞こえてくる小さな虫の鳴き声。肌を震わせる冷たい空気。それらが全て揃う頃、鬱々とした気分は薄くなりユナの家が近くなる。
だが、この日は一向に気分が晴れることはなかった。
ふとした瞬間に、学舎であった出来事を思い出す。